演出家による考察の時間~平田オリザさんの発言に寄せて~【前編】

今日のタイトルですが、劇作家平田オリザさんのTV番組での発言に対して、様々な分野の人から様々な反応が現れております。

私の周りの演劇制作をしている人たちの中でもなかなか論議になっております。

 

この発言の是非そのものについては、すでにかなりの意見が出ているように感じているので、

こんなことを言うと本当におこがましくて怒られるかもしれないのですが(笑)

発言そのものではなく、一演出家としてあの発言の「前後」から「今」にかけてを考察してみたいと思います。

今回はかなり長くなってしまうと思いますが、ご興味のある方は是非一読して頂ければ幸いです。

私の考えにも至らない部分が多数あると思います。

 

私自身、平田オリザさんはとても尊敬しております。

講演会で話を聞いたこともありますし、それこそ今年4月末の公演に足を運ぶ予定でした。(残念ながら延期となりました)

演劇の作品だけでなく、社会還元の話(著作などで良く発信されています)も共感が持てました。

もちろんそのどれもが賛否両論あって当然だと思います。

 

今回の話に正解を出す。何をするべきだったのか、と言う問い掛けに答えるのは難しいと思います。

演出をしていて人の行動や発言にフォーカスすることはありますが、導き出せるものは例解程度でしかないとも感じます。

人が何を考えているのか、言いたいのか、言ってほしいのかって100%当てることはできないので。

それでも

 

●なぜあの発言が出てきたのか考えてみた

記事末尾の参考に今回のインタビューの文字起こしのページがあります。

主題が「文化を守るために寛容さを」とあるので、全体を通して伝えたいことは寛容さについてですね。

少し言い換えて主体がどこにあるのかを考えてみると、「文化(文化・芸術の担い手である我々)を守る寛容さをお持ちください。」となるのかな。

 

これ自体は私も賛同します。少し解釈を拡げたいところはありますが。

そして取り沙汰されたのは、

「製造業の場合は、景気が良くなったらたくさんものを作って売ればある程度損失は回復できる。でも私たちはそうはいかない。」(※原文ママ)

この内容でした。

 

ここで先に、今日の記事の前提を書きます。

今回のこの一件、「寛容」という性質の難しさを平田オリザさん自らが実践したように感じました。

もうずーーっと倫理学の分野などで問われている話ですけと、寛容ってそもそも矛盾していることなので。

 

だって他人の不寛容を寛容するんですよ。

 

良くわからないことになりますよね(笑)

 

この前提を踏まえた上で、平田さんがあの発言に至ったことをあくまで推察しかできませんが、

やっぱりコロナショックによる不安から生まれた瞬間だったと思うんです。

で、その不安って今世界中の凄くたくさんの人が感じていると思います。

 

文面で見返しても、確かに平田さん側視点からの主張が強いんですけど、

少なくとも私は、ここ最近の自分を思い返しても、多くの人がモノを見たり聞いたり発信する時に、

自分の視点、自己主張って強まってきているなと感じていました。(もはやこの記事がそうじゃないですか(笑))

 

だって、こんな経験したことのない状況ですよ?

誰に聞いてもわからないし、でも周りの状況が刻一刻と変わっていってる。

そんな時に自分は?自分の周りはどうなる?って絶対考えますよね。

 

今、地球上のたくさんの人たちがそうなっていると思います。

それは平田さんが発信を向けた先の人もそうだし、何より平田さん自身がそうだったと思うんです。

※補足しておきますが、それでも「自分がどうかという視点」でなく、社会を支え続けている「エッセンシャルワーカー」の方々がいることは絶対に無視できません。

 

それとちょっとここ最近を思い返してみてください。

オンラインで世界中の誰とでも繋がれるにもかかわらず、連絡を取っている人って昔からの関係性が強い人ばっかり、これまではいろんな場所に出向けていたので次から次へと新しい人脈や考え方に出会えていたのにな・・・

と言う人は意外と多くありませんか?(もちろん対抗策はあります!WEBに頼るだけでなく、本を読んで考え方を取り入れるとかもそうです!ただその場合いつも読んでいる作者の本だけでは・・・そうはなりませんよ)

 

 

平田さんの発言を何回か解釈してみたんですけど、決してどこか、だれかを貶める発言ではないでしょう。

今出回っている情報の中には先ほど抜粋した原文だけを切り取ったものも多くて、文脈全体から発言をかみ砕いていない意見ももしかしたら多いんじゃないかな?それはもう単語に反応してるだけに過ぎないのではないでしょうか。

もちろん全体を確認した上で平田さんが批判されることもあって当然だと思います。

 

ただ、自分側の視点が強かったとは感じました。

まず平田さんが並列しておられるのは製造業と演劇商業(興行)です。

しかし製造業の一文に対して、演劇商業と文化とは繋がるように話が続いてしまっているので、製造業と文化芸術(演劇)とで並べられてしまったように感じた方が多かったのかもしれません。

 

結果として「今、私たちは大変なんです」の私たちに含まれなかった(と受け取った)人と勝手に含まれてしまった(と受け取った)人のを生んだ。

あの発言は寛容どころか、平田さんを苦境に陥らせた(推測でしかありませんが)コロナショックによって同じように苦しくなったたくさんの人を分断してしまいました。

 

不寛容とまではいきませんが、「こんな毎日だから手を取り合いましょう」が寛容な精神だと仮定すれば…。

「私たちを助けて」しか発していないのは、確かに寛容からはちょっと遠いかもしれません。

危機感を持つことはもちろん大事なのですが…。

余裕がないと寛容さを持てない

そうおっしゃられている平田さん自身に余裕が無さそうにも感じますよね。(だからと言って無理やり余裕を持てってのはまた違うと思いますよ!)

 

これが今私たちに起きている現状、現実なのかもしれない。

皮肉にも平田さん自らが実践したような形になってしまったかと思います。

 

で、文化は製造業とはやはり性質の異なるものだと思います。

私サラリーマン演出家って言ってますけど、それこそ製造業勤務なので(笑)

 

これを文化と並ぶレベルの概念に置き換えたら・・・「ものつくり」?いやそれって文化そのものでは?

だとすれば、分断されてしまってはあまりにもったいない区別になっていた気がします。

 

 

●批判しておきたい視点

ただ、やはり私も引っかかったところはあります。私の周囲で演劇制作をしている人たちもこの目線は多いのではないでしょうか。

それはまだ消えてはいない(私は文化はまだ消えていないと思っています)文化が消えるという話が非常に多いことです。これはちょっと悲しい気もします。

 

大前提として今本当に手も足も出ない苦しい状況にある人たちに対する何らかの支援は絶対に必要だと思います。

そこをわかりやすく紹介、解説して頂いておられるのは素晴らしいと思います。

 

ただ文化は形を変えてゆくものですから、演劇もあり様を変えつつ新しい演劇になってゆくものだと思います。

だったら「この状況が終わったときにこういう演劇をしたいんです。それにはこういった理解をもって頂きたくて、だからご支援ください」のほうが嬉しいなあ。目新しい内容が無くてもいいから。

だって支援をするということは、支援する相手の未来を期待するわけじゃないですか。

 

私たちも活動の拠点が今Youtubeになってますし(笑)

集まることができないので、今まで通りの演劇ができないのは事実です。

でもこれまで私たちを応援してくれていた方々に少しでも何か届けたいじゃないですか!

私たちだってこれまで通り応援して頂きたいので(爆笑)

 

 

もちろん生活が壊れることへの不安はというのはあります。

どうしても生きるために必要な物はそれなりにあります。それらすべてが生活です。

長くなってしまったので、生活と言うもう一つの側面を【後半】で記事にします。

【後半】では演劇商業(商業演劇)の置かれている難しさにも触れます。

 

本日の記事はとても長くなってしまいましたが、ここまでお読み頂きまして誠にありがとうございました。

 

2020年5月3日   劇的☆爽怪人間   湊游

※記事更新は5月5日に発信させて頂きました。

 

 

※参考ページ

NHKおはよう日本 4/22放送回より 平田さんオリザさんのインタビュー ダイジェスト文面

https://www.nhk.or.jp/ohayou/digest/2020/04/0422.html

放送自体は2週間ほど前で早朝時だったのですが、録画を見直した人たちの間で議論の場が増え、1週間後の4月末頃から話題性が強くなったと感じました。

 

エッセンシャルワーカーとは 解説記事

https://jinjibu.jp/keyword/detl/1156/

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください