演出家による考察の時間~平田オリザさんの発言に寄せて~【後編】

こんばんは。

劇的☆爽怪人間の演出家湊游です。

 

今日は1時間だけで、リモートだったんですが、久しぶりに爽怪人間で創る作品の稽古をしまして、

「あぁあぁ~、これや、この感覚やがな~」

とちょっと浸っておりました。

 

でも浸りすぎずに、未来のための作品を創ろう!

創作の素晴らしい部分はまさしく未来のために動くことですね!!(いいこと言った!ナイス!)

 

さて、今日の記事は先週更新していました記事の続きです。

しかし何だか尋常じゃない世間の鬱憤度合いが見えてきました。昨日くらいまでは取り上げられていたこの話題も今日新しい情報氾濫のような形でかき消されました。

Yahoo!News 検察庁法改正への抗議Twitterで多数

もっともこれはあくまでTwitterの中の世界だけかもしれません。

後、表現者、アーティスト(それも著名人)の反応が多いことで話題になっています。

なぜそういった表現活動をしている所の著名人が多いか?ということはちょっと考えてFaceBookに投稿しました。よければこちらから。

 

 

さて、前回はけっこう世間に対してもそして平田さんに対してもやや厳しめの論調だったかもしれません。

その前回の最後に書いていました生活というもう一つの側面についてここから書いてゆきます。

そしてここの視点には、実は寛容とかよりもっと直接的に思いやりとか優しさとかそういった感覚をにじませていきたいと思います。

 

●生活が壊れる恐ろしさについて

今回のコロナウイルスのもう一つ恐ろしい側面。それはもうずっと取り上げられていましたが、経済循環を破壊するという性質です。

今、生体への直接的影響を避けるために世界的にStay Home(Safe),Social Distanceの概念が共有、実施されているのですが、その結果人間は経済活動を止められてしまいました。

その結果、これまではお金が回って、入ってきていた所にお金が回ってこなくなりました。

世界中多くの国でこんな事態になるは歴史的にも本当に久しぶりのことだと思います。それこそ世界大戦以来かもしれません。

リーマンショックとかそういうレベルともう段違いなんです。だから最近「景気対策ではなく経済対策」をという提唱も出始めています。

 

そして、お金(特に現金)が無くなれば、Stay Homeできないんですよ。

一番極端な事を言えば「食べ物が買えません」

他にも、飲む水、体や衣服を洗う石鹸、洗剤、スマホの通信料金、スマホを充電する、夜になったら明かりを灯すための電気代。そもそもStay Homeするための家の家賃。こういったものへのお金が支払えなくなります。

冗談じゃなく「生活」ができなくなります。

※この辺の料金を取らないようにする、という選択肢はナシです。それをすれば結局インフラに携わっている人たちが同じ目にあいます。だから少しでも連鎖を止めるために、無料にはできないんです。(だからこそ建て替えるという発想もあります!)

こんな事態だからこそお金が原因で生活が壊れていくことは本当に恐ろしいのです。

 

 

で、ここからが特に今日の話の本題で、

そうやってお金が入ってこなくなっている人たちへの支援を平田さんは提唱されました。前回もこれに関しては賛成と述べていました。なぜか?

 

●本人の能力、才能を活かして本人がクリアできないという難題

基本的に大抵の人は自分の仕事で自分の生活を成立させています。ところがその仕事ができなくなったんですよね。心身が健康だとしても。

これは実はかなり厄介で厳しい問題です。

 

「四の五の言わずに、仕事を選ばず、自分で金を稼げ」

 

と投げかけることもできるんですが、ちょっと考えるとそれってそんなすぐにできることじゃないとわかると思います。

今動いている仕事(前回紹介したエッセンシャルワーカー等)は今これまで以上に必要性が高まっており、仕事「量」も「質」も求められているんですね。

そんな状況では未経験の人ができないことも多いんですよ。一番極論を上げると医療従事をすることはできませんよね?

 

とはいえスーパーマーケットが雇用受け入れ者を増やしたり、行政が未経験でも対応可能な職務を臨時雇用したりしているのは本当に良いことだと思います。

この状況でむやみやたらと未経験者を雇うのって本当にリスクありますよ。その中で対応されている企業は本当に素晴らしいと思います。

 

今回の平田オリザさんの発言が出てくる前後から何となく「アリとキリギリス」の童話を思い浮かべた方もおられると思うんですが、キリギリスは明日からアリにはなれないし、アリも明日からキリギリスにはなれません。

※アリ=勤勉、ルーティンワーカー キリギリス=放蕩、アーティスト ということを言いたいのではないので、念のため。

 

だからこそ当座をしのぐだけでも補償が必要になるのです。

 

時間をかけて馴らしていくことはできるかもしれません。

しかし、そもそも平田さんにしても、それ以外の人にしても、仕事として成立して生活できていたわけですよね。(だからキリギリス≠放蕩です)

変えますか?

社会人経験のある方は「明日から仕事を変えよう」って自分のやっている仕事を業種ごと変えることの難しさはちょっと想像がつくかもしれません。

遊んでいたのならまだ楽なんですよ。辞めることができるから。

自分たちの能力を活かした仕事としてやっていたからこそ、簡単に「仕事変えます、辞めます」とはいかないんですよね。

 

また、利益を追うことだけが目標だったらそれこそ仕事の中身を変えるスピードももっと迅速に対応できるでしょう。(その迅速さがあったほうが収益の高いビジネスモデルになれそうです)

しかし、ファンビジネスである以上は、ここまでの時点でついてきたファンを簡単に切り離すことはできないですよね。その数が多ければ多いほど。

 

 

これが商業演劇の置かれた状況です。

ただ、じゃあ演劇や音楽だけがそうか?っていうとそうじゃないです。やはり全部の業種です。

ただよりダメージが大きいのは興行収入に基づいて収益を上げる文化・芸術関連の仕事であるのもまた事実です。

 

 

もちろんこれに対しては、「この状況だからこそできる創作をしようよ」の精神あるいは批判はもっともです。

どこかが止まっている間に進むことができる人からすればチャンスでしかないですから。

そういう時はリスケのしやすい私たちみたいな規模の団体がかえって強い面もあるかもしれませんね。それこそここから未来の三谷幸喜が生まれるかもしれない。しかし三谷幸喜さんの真似をしていても三谷幸喜さん並みの才能は磨かれないでしょう。それは己の才能に確信をもって進み続けた人間が才能を開花させてゆく時に生まれるものなのではないでしょうか?

だから新しい才能は先人たちの予想をはるかに超えたところから生まれるのでは?という気もしています。

 

それでいてその視点はもう、ものすごく大事に持ちつつ、それでも、優しさをもって、

補償は必要だと考えましょう。

もし商業演劇の人たち、あるいはもっと若くてもアーティストの人たちが新しい世界を切り開くとしたら、それは丸っきり仕事を変えてぱっと出の人が生み出せる世界ではないと思います。

それは必ず今ある表現の仕事、取組み、熱意の延長・未来に生まれてゆきます。

ここなんです!文化を絶やさないというのはここなんですよ!

今あるものをそのまま守ることではないという点なのです。ちょっとかじるだけでは誤解される可能性すらあると思います。

今敢えて私が書いたこともちゃんと平田さんの本文では触れられております。

 

今ある表現を保存する補償ではなく、未来の訪れを期待する補償を求めてゆく。

さあこれで、前回の記事と結論を繋げることができました。

 

平田さん自身への批判が演劇界隈から多かったことはもしかしたらショックだったかもしれませんが、

同時に「平田オリザがいなくても自分が新しい創作を作るのだ」という人が多ければ、もしかしたらとんでもない希望なのかもしれません。

だから生意気にも批判もしてみました(笑)

 

本日の記事も長文でした。ここまでお読み頂きまして誠にありがとうございました。

 

2020年5月10日   劇的☆爽怪人間   湊游

 

 

※参考ページ

NHKおはよう日本 4/22放送回より 平田さんオリザさんのインタビュー ダイジェスト文面

https://www.nhk.or.jp/ohayou/digest/2020/04/0422.html

 

エッセンシャルワーカーとは 解説記事

https://jinjibu.jp/keyword/detl/1156/

 

Yahoo!News 検察庁法改正への抗議、Twitterで多数。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200510-00000006-asahi-soci