この世界の片隅に

今回はこの作品について考察してみます。
(アニメ映画についてちゃんと勉強してないので感想レベルになってしまうかもしれませんが…)
原作の漫画では短編三作の後、連載された作品のタイトルとして2007年-2009年に連載。
一躍有名になった(自分もそれで知りました)映画の公開は2016年です。ふと最近、この映画を観ようと思いました。
●本編について
ストーリー自体は結構淡々と進みます。
戦争映画で生々しい人の生き死にが描かれるシーンもあるものの、
強烈な印象を残すことなくぼんやりと、しかし確実に心に残るような映画なのかなと感じました。
無理やりうまく言おうとするなら、心の片隅に残るような映画なのでしょうか。
あまり個人的なことばかり書いてもしょうがない気はしますが、(笑)
実はこの作品の舞台と主人公は、亡くなった自分の祖母と共通点が多いということだけ、映画を観る前からずっと知っていました。
それだけにどのタイミングで観ようかと、迷っていました。
作中、主人公すずの幼少期~結婚までが広島を舞台に、結婚以降は呉を舞台に展開されます。
広島と呉は約30Kmくらいの距離。映画でも鉄道で移動するシーンが何度か出てきますが、現在も通勤や通学する人たちで平日朝夕にはラッシュが発生している鉄道区間です。
すずは大正14年生まれ。祖母は昭和に入ってから生まれ、1945年には中学生か高校生だったはずです。
生きていたころに当時の話を聞いて、1~2回くらいしか聞いてないのですが、いくらか覚えています。
祖母は学徒動員で広島から呉海軍工廠に派遣されていたのですが、
戦時中、呉には広島だけでなく周辺各市町から軍の関係で人が集まっていました。
呉市は戦後含めても1943年が人口のピーク。その後空襲などで1945年に最も人口が減っています。
本編でも一連の呉空襲が主人公およびその周囲にとって大きなターニングポイントとして描かれます。
ところがそのわずか2か月後、広島には原子爆弾が落とされることになります。
30Kmしか離れていない呉から広島に昇るきのこ雲が良く見えたことが映画で描写されています。
というよりも、それを見ていた人は助かったという事実が大きい。
ただ、その事実がすずの口から説明されることはありません。
呉にいたために原爆から生き延びた人がいて、生き延びた人たちの家族は広島で死んでいった。この点が自分の祖母と全く同じでした。
作中では、すずが記録したような年次日付がセットになって物語が進んでゆきます。
戦争は確実に生活を変えてゆきますが、いよいよ近い人間たちの死が忍び寄ってくるのは、実はたったの半年ほどの間。
戦争というテーマはあまりに大きな存在で、関わると誰も戦争を無視することができなくなりますが、
この映画は案外「戦争だから○○なんだ」ということには興味がなく、
浦野(北條)すずという人物が、1925年に広島に生まれて生きて、呉で生きていく(いった)ことを丁寧に描くことに興味がある。
そんな作品なのではないかと感じました。
その人生の途中に、太平洋戦争があり、空襲があり、原爆があった。その上でしっかりとそれらに向き合っています。
だから、ストーリー展開が淡々と進むように感じたのではないか?と思います。
●まとめ(この映画を観終えたら)
仮にそうだとして、じゃあ現代に生きる自分はどうなのか?
世界中を巻き込んだ戦争が終わって75年経ちましたが、世界の誰しも予想していなかったような事態が起こってしまいました。
しかし、起きたことをしっかりと直視していけば、
自分のいる場所が世界の中心とだしても世界の片隅だとしても、どちらでも関係なくたくましく生きていたいと思える。
この映画を観ると、そんな心持ちになることができました。
世界の片隅にいても今回の新型ウイルスから逃れることは、たぶんできない気がします。
※参考ページ
・映画公式サイト
・中国新聞 2017年6月15日記事 Peace Seeds ヒロシマの10代がまく種(第45号) 呉空襲を考えた