(目の前の彼だけでなく)みんな我が子

今回はアメリカンリアリズム(リアリスティック)系戯曲を手に取りましょう。
リアリズム系戯曲に分類できるため、

①家庭(家族)を中心とした人間関係
②今日明日の生活
③お金

この3つの観点は抑えて読みたいところです。
これらが脚本のストーリーの中でどのように絡み合っているのか?という感覚です。


作者はアーサー・ミラー。「セールスマンの死」と「るつぼ」が最も知名度の高い作品でしょうか。
アメリカンリアリズムの系譜は同時代に優れた劇作家を多数生んでいます。アーサー・ミラーと肩を並べるのはテネシー・ウィリアムズが有名ですね。
他にもニール・サイモン、ユージーン・オニール辺りが良く名前を聞く作家なのではないでしょうか?今後他の作家の作品もどんどん読んでいきたいと思います。

「みんな我が子」は、アーサー・ミラーが世にその名を知られた「最初の傑作」と言えるでしょう。
では本編の紹介です。


●あらすじ
物語は第二次世界大戦後すぐのアメリカ郊外のとある家族を中心に展開されます。
一見ごく普通の家庭なのですが、細かく見ていくと実は複雑な事情(問題)を抱えた登場人物たちの家族です。

家族構成は家父長であるジョー・ケラー、その妻ケイト・ケラー、そして息子のクリス・ケラーの3人です。
が、しかし…本当はこの家族4人家族です。クリスが兄で、弟のラリー・ケラーがいます。
にもかかわらず、ラリーが登場しません。実はラリーは太平洋戦争でアジアに向かったまま終戦後も帰っておらず、消息不明なのです。

父のジョーと兄のクリスはうすうすその理由を察しています。特に兄のクリスは戦争経験者で、人が死ぬ瞬間を間近で見てきた人間でもありました。
しかし、母のケイトはそれを認めることができません。いつかまた4人で食卓を囲める日が来ると思っています。

という状況で生活している家族の日々(ここまでが日常)に変化が訪れます。
それは未だ帰らぬラリーの婚約者であるアン・ディーヴァーがケラー家を訪れたいというものでした。
ところが、彼女がケラー家に泊まったその晩、強風で庭の木が折れます。

その折れた木は、戦争から帰らないラリーを祈るために植えられた木だったのです…。


●ココが面白い、ココがすごい
上記あらすじの、アンが泊まった翌朝から本編がスタートします。
場所が変わらないだけに(あるいは変わらないにもかかわらず)、この家族同士、そしてこの家族と周囲にいる人たちとの間に、
厄介な問題を抱えていることが次々とあらわにされてゆきます。

世に出て70年にもなる傑作なので、敢えて言わずともネタバレになるような内容はどんどん出てきます。
しかし、その辺りは一から読むか、上演作品を観るかで、きちんと順に追いかけてゆくのをおススメします。

なぜか?

それはアーサー・ミラーが真実を暴くかのように、物語を展開させて戯曲化しているからです。
そのうえ、真実はだれにとっての真実かという枠組みの中でたやすく姿を変えるものだということが示唆されています。

この物語は、家族ー社会ー国家という枠組みの大小を比較しながらも、

そのどれも繋がっており、どれもが本質的に「集団」であることに違いない。
人間関係が絡み合う中で、自分はどんな人間なのか?自分の(社会や集団における)役割は何か?
ということが段々と暴かれてゆくのです。
いや、「自分がどんな人間か」なんて自分がそう思っているだけじゃないか?とすら思わされてしまう。
血がつながっていれば家族なのか?同じ家にいるから家族と思っているだけなのか?じゃあ、自分は誰の父で誰の母で誰の子で…。


「みんな我が子」というタイトルは「彼らもまた、わが息子」と訳されることもあります。
なぜ、そんなタイトルになるのか分かる時、読者あるいは観客にとっても、「真実」はもう引き返せない「真実」として露になってしまったことに気づかされます。


●世界は変わる、変えられる
アーサー・ミラーは生まれも育ちも死没もアメリカ。
その人生が直接命の危機にさらされるような生活こそしていませんが、彼の生きた時代は望む望まずにかかわらず自分も含めた世界中がめまぐるしく変革し続けた時代でした。

強大な力で戦争被害も少なく、アメリカが世界のリーダーに躍り出ていった時代。
なのに明るい空気はどこか無理やり作られているかのよう。イデオロギーが雰囲気で世の中を包み込むなんだか嫌な空気が同時に共存していました。

例えば、以前ローマの休日の記事で言及した赤狩りの影響はアーサー・ミラーの周りでも色濃くその影を落として近づいてきました。
※後年の彼の代表作「るつぼ」は、この経験から生まれました

アメリカはだんだん自らの立ち位置を自らの役割にすることに固執するようになっていました。
この国に生きる人間は、皆が皆に与えられた役割を徹底すれば幸福なのだと思わされてたのですが…。
そんな一面的な考え方で世界が成立しないこともまた、すぐにみんな気づいてしまいました。
その後、アメリカを含めた世界がどうなったかは誰もが知っての通りです。


この世界を、誰がどんな視点で見ているのか。自分は何者なのか。誰にとっての誰なのか。

だからこの物語の結末を幸いと取るか不幸と取るか…それも視点次第。
だから物語の登場人物がとった行動だって、あなただったらどうしたのか?それによって何が変わるのか?

そして世界はこれまでどのように姿を変えてきたのか?
そして自分はこれまでどのように?これから、どのように…?

 

 

●参考ページ

・Amazon アーサー・ミラーⅢ(著作集) みんな我が子/橋からのながめ (ハヤカワ演劇文庫) 

 

・えんぶの情報サイト 演劇キック 2020年2月 俳優座 「彼もまた、我が子」 公演情報

http://enbu.co.jp/kangekiyoho/kareramomata2020/

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